理屈勝負では勝てない

〜八ッ場ダム訴訟とスーパー堤防訴訟の教訓〜


中山敏則





 八ッ場ダム事業への支出差し止めを求めて千葉県民48人が起こした裁判の控訴審(二審)判決が昨年(2013年)10月30日、東京高裁であった。原告(県民)の訴えは退けられた。これまで判決がでた1都5県の八ッ場ダム関連住民訴訟はすべて原告(住民)側の敗訴である。

 一方、東京・江戸川区のスーパー堤防事業取り消しを求めた訴訟も12月12日に東京地裁で判決がでた。これも住民側の全面敗訴である。


役所を負かすことはしない

 八ッ場ダム住民訴訟とスーパー堤防訴訟から導き出される教訓は、理屈勝負では勝てないということである。いまの裁判所は、行政相手の訴訟では必ずといってよいほど行政を勝たせるからだ。
 日本の三権分立は形だけである。こんな指摘がされている。
    《裁判所は、行政訴訟(役所が被告となる裁判)については、絶対といっていいほど役所を負かすことはしない。》(森田義男『裁判所の大堕落』コスモの本)

    《三権分立などとっくになくなって、司法が行政のドレイになった。いくら土建政治の“公共事業”でも、司法権がしっかりしていればダムも中止できるのに、ドレイではどうにもならない。》(本多勝一『貧困なる精神O集 「裁判官」という情ない職業』朝日新聞社)


世論が裁判所を変える

 そういう状況では法廷外運動を繰り広げ、世論を喚起することが大事である。これなしには行政相手の裁判で勝つことはほぼ不可能になっている。
 元最高裁判事も『朝日新聞』(2011年11月30日)でこう述べている。
     「(裁判所には)行政庁の言うことは基本的に正しいという感覚がある」
     「世論と証拠が裁判所を変える」
 世論や多数の住民の支持を得なければならない状況は裁判でも変わらないということである。


「一部の者の主張」ではないことを形で示すべき

 八ッ場ダム千葉訴訟の控訴審では、被控訴人(千葉県)側の暴論が強く印象に残った。千葉県代理人の判義聖弁護士は、結審前の最終準備書面でこう述べた。
     「県民のほんの一部の者の主張による訴訟であって裁判をするに値しない」
 当然のことながら、「八ッ場ダムをストップさせる千葉の会」は直ちに抗議書を森田健作県知事に提出した。しかし、である。「ほんの一部の者の主張」という暴論にたいしては、そうでないことを形で示すことも必要ではないか。

 たとえば、原発建設を中止させた新潟県旧巻町の住民運動だ。人口3万人の巻町には「原発反対」を口に出せない人がたくさんいた。そこで、町民の声なき声を権力側に伝えるため、鶴を折って町長に届けることにした。この折りづる運動は、子どもからお年寄りまで誰もが参加できる。あっという間に3万羽、5万羽と広がった。最終的に13万羽に達し、町役場が保管場所に困るという現象も起きた。
 このように、巻町の人たちは創意工夫をこらし、原発反対の声を形で示した。原発歓迎の町民世論を原発反対に変えた。自主住民投票もおこなった。そして、ついに原発建設計画を白紙撤回させた。

 東京湾奥部に残る唯一の自然干潟・浅瀬「三番瀬」の埋め立て反対運動も同じだ。埋め立て中止を求める署名を30万集めた。市民500人が三番瀬で手をつなぎ、「人間の鎖」で埋め立て計画の撤回を訴えた。地元市川市の繁華街でデモ行進もした。2001年春の知事選は三番瀬埋め立てが最大の争点になり、埋め立て計画の白紙撤回を唯一の公約に掲げた候補が当選した。そして同年9月、埋め立て計画が中止になった。


声なき声の可視化が必要

 こうした運動からいえることは、声なき声を形で表す、あるいは可視化が必要ということだ。

 原発再稼働に抗議する毎週金曜の官邸前行動も可視化を最大の目的にしている。
    《わたしたちの抗議活動では、相手に「直接声を聞かせること」と同時に、「どれだけの人数が集まっているかを見せること」も目的のひとつです。抗議活動の規模が大きければ大きいほど、そしてそれが目に見えれば見えるほど、相手にプレッシャーをかけられます。(中略)わたしたちは可視化に重きを置いています。》(ミサオ・レッドウルフ『直接行動の力「首相官邸前抗議」』クレヨンハウス)
 また、「さようなら原発一千万署名市民の会」は脱原発を求める署名を840万も集めている。そうしたダイナミックな運動が圧力となり、日本では「稼働原発ゼロ」がつづいている。

 こうした点からみて、八ッ場ダム反対運動はどうだろうか。署名やデモ、街頭宣伝などには力を入れていない。半ば密室での法廷論争など、少数者の理屈勝負にとどまっている。大衆運動にはなっていない。

 江戸川区のスーパー堤防反対運動も同じだ。区は「江戸川区スーパー堤防整備促進区民の会」を立ち上げ、「スーパー堤防などの壊れない強固な堤防整備を求める意見書」の署名を12万筆集めた。区民の多数はスーパー堤防を求めているとし、江戸川区長は強気である。
 それに対抗するためには、スーパー堤防に批判的な声なき声を形で示すことが必要だ。12万以上の署名を集めるとか、デモや街頭宣伝などを旺盛に繰り広げるべきだ。そのためには、江戸川区内のさまざまな市民団体や労働組合などが結集するネットワーク(共闘組織)をつくる必要がある。

 大型公共事業を中止させたところは、どこもそういう運動を展開している。巻原発建設や三番瀬埋め立てを中止させた運動、さらには脱原発運動などのやり方をぜひ学んでほしいと思う。
(2013年12月)




八ッ場ダム千葉訴訟の二審判決に抗議する原告県民ら=2013年10月30日、東京高裁前



江戸川区スーパー堤防取り消し訴訟一審判決後の報告集会=2013年12月12日、参議院議員会館



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