ムダな公共事業をやめさせるために

〜法廷闘争偏重では勝てない〜

中山敏則








法廷外運動が重要

 スーパー堤防(高規格堤防)の整備事業が進む東京都江戸川区北小岩1丁目東部地区では、すべての建物が撤去された。現在、盛り土工事が進んでいる。

 この事業をめぐっては、対象地の住民9人が事業取り消しを求めて提訴した。相手は事業者の江戸川区である。「この地区のスーパー堤防はわずか100m。そういう『点』のスーパー堤防をつくっても治水には役にたたない」「住民は長期移転を強いられたうえ、完成後は自己負担で河川堤防の上に住宅を建てなければならない」などというのが原告の主張である。

 この運動は、法廷闘争一本槍の方法で進められた。口頭弁論のあとに開かれる報告集会において私は、法廷闘争だけでは勝てないということをなんども発言させていただいた。こんなことを述べた。
     「裁判所は権力機構(統治機構)に組み込まれていて、行政相手の訴訟では行政を勝たせようとする。したがって、法廷外運動を繰り広げることが大事だ。スーパー堤防事業の実態や理不尽さを多くの江戸川区民に知らせる。江戸川区役所の前などでデモをおこなう。また、スーパー堤防事業の中止を求める署名を何十万も集める。そういう運動を展開することによって江戸川区長にプレッシャーをかける。さらに区長を引きずり下ろすことも目標にすべきだ。そのためには、江戸川区内のさまざまな団体によびかけて幅広い共闘組織をつくる必要がある」
     「私がかかわった東京湾三番瀬の埋め立て反対運動は、そのような運動を展開した。さまざまな市民団体、労働組合、自治会、生協など70団体で構成する共闘組織が運動の推進母体となった。埋め立て反対の署名も30万集めた。新聞各社の県民世論調査では『埋め立て反対』が過半数を占めるまでになった。2001年春の千葉県知事選では三番瀬埋め立てが最大の争点になり、埋め立て計画の白紙撤回を掲げた候補者が当選した。そして2001年9月、埋め立ては中止になった。こういう運動方法をぜひとりいれてほしい」
 だが、私の提言は受け入れられなかった。法廷闘争一辺倒の運動がつづけられた。リーダーの一人は、「正論は必ず勝つ」「こんな理不尽な事業を裁判所が認めるようだと日本は終わりだ」と述べた。


原告住民の住宅も強制撤去

 東京地裁の口頭弁論において、被告(江戸川区)側は口頭陳述をいっさいしないという戦術を貫いた。書面だけの対応である。原告(住民)側証人に対する反対尋問もしなかった。そのため、口頭弁論は原告側弁護団の独壇場となった。原告側は勝訴を確信した。あるリーダーはこう言った。「ボクシングの試合にたとえれば、相手側はまったく手をださずに一方的にやられっぱなしだ。ノックアウト寸前である」と。私は「そういう見方は甘い」と警鐘を鳴らした。だが、耳を貸してもらえなかった。

 2013年12月12日、東京地裁の判決が下った。原告側の完敗である。判決は江戸川区の主張を全面的に認めた。東京高裁での控訴審も住民側が敗北した。裁判がつづいている間に、現地では住民移転と建物撤去がどんどん進んだ。原告敗訴の判決がでたあと、原告住民も強制的に退去させられた。現在は建物がすべて取り壊され、スーパー堤防の盛り土工事が進んでいる。

 江戸川区では、スーパー堤防事業が今後もつづく。江戸川区のスーパー堤防は、全部完成するまで400年、12兆円かかるとされている。つまり、スーパー堤防の効果がでるのは400年後ということである。バカげている。

 理不尽なスーパー堤防事業を止めるためにはどうすればいいのか。北小岩1丁目東部地区の敗北の教訓や全国各地の住民運動の経験を学んでほしい。そして、住民の意思を可視化する運動や、区長を交替させる運動などを活発に進めてほしいと願っている。


たたかいの歴史を学べ

 こういうことを書けば、一部からひんしゅくをかうかもしれない。しかし、敗因をきちんと検証しないと、同じことが全国各地で繰り返されることになる。

 「よみがえれ!有明訴訟」の弁護団長をつとめる馬奈木昭雄さんは、『弁護士馬奈木昭雄』(合同出版)のなかでこんなことを強調している。  全面的に共鳴・共感する。
(2015年4月)








スーパー堤防事業の対象となった江戸川区北小岩1丁目東部地区。
1.4haの土地に93棟250人が住んでいた=2012年12月19日撮影



事業区域内の建物(上の写真)はすべて撤去され、
盛り土工事が進んでいる=2015年3月30日撮影



傍聴券を確保するために裁判所入り口前に並ぶ人たち=2013年4月17日




江戸川区スーパー堤防取り消し訴訟一審判決後の報告集会=2013年12月12日、参議院議員会館



東京湾三番瀬の埋め立て反対運動では、街頭宣伝、デモ行進、写真・絵画展などさまざまな
活動を繰り広げ、県民世論を「埋め立て反対」に変えた。署名は30万に達した。こうした運動
の結果、埋め立て計画は2001年9月に白紙撤回となった。写真は市川市繁華街でのデモ行進







★関連ページ

このページの頭にもどります
前ページにもどります

[トップページ]  [全国自然保護連合とは]  [加盟団体一覧]  [報告・主張]  [リンク]  [決議・意見書]  [出版物]  [自然通信]