人工岬「ヘッドランド」の工事を凍結

〜千葉の南九十九里浜(一宮海岸)〜

千葉県自然保護連合 中山敏則






工事を凍結

 南九十九里浜(一宮海岸)のコンクリート製人工岬「ヘッドランド」の工事凍結がきまった。
 ヘッドランドは千葉県が1988年から工事をはじめた。九十九里浜で22基、そのうち一宮海岸で10基である。目的は侵食対策である。ところが、ヘッドランドは侵食を加速させている。そればかりか、九十九里浜の景観や生態系をメチャクチャに破壊しつつある。
 そこで2010年2月、地元一宮町の若手サーファーたちが「一宮の海岸環境を考える会」を立ち上げた。地元の自治会(区)も会に加わった。
 「考える会」はヘッドランド工事の一時中止と見直しを求める署名をわずか2か月で4万4000人分を集め、県知事と一宮町長に提出した。町の人口(1万2400人)の3.5倍の署名数である。その結果、地元の一宮町は官民協議会「一宮の魅力ある海岸づくり会議」を同年6月に発足させた。会議には住民やサーファーの代表のほかに専門家が加わり、ヘッドランド工事の見直しや「魅力ある海岸づくり」などを議論してきた。
 千葉県自然保護連合は県にたいし、ヘッドランド工事を中止して養浜を進めるよう要請した。養浜というのは、近くの太東漁港などに堆積している土砂を搬入するということである。搬入先は、ヘッドランド工事によって侵食がはげしくなっている場所である。町民からも工事の中止を求める声が強くあがった。
 その結果、県は工事の凍結を決定した。
 今後は、ヘッドランドが完成している2号と3号の間などで養浜だけをおこなう。2号・3号間は侵食がいちばんはげしい場所である。県自然保護連合などの要請を県が全面的に受け入れたかたちとなった。


九十九里浜侵食の根本原因

 2014年8月31日放送のTBSテレビ「噂の!東京マガジン」が「噂の現場」のコーナーで九十九里浜の侵食をとりあげた。タイトルは「急速な海岸侵食! 九十九里浜が九十九里浜でなくなる日」である。私も千葉県自然保護連合事務局長の肩書きで登場させていただいた。
 番組は、このままでは九十九里浜が消失するという危機的状況をわかりやすく報じてくれた。そのいちばんの原因は人間のおこないであることも伝えた。
 九十九里浜の両端には、屏風(びょうぶ)ヶ浦と太東崎(たいとうざき)の海食崖(かいしょくがい)がある。海食崖というのは、波浪の作用によって形成される海岸の急崖である。その海食崖が太平洋の荒波に削られることによって大量の土砂が九十九里浜に堆積していた。土砂は沿岸流の力でゆっくり移動し、堆積する。一説によれば、九十九里浜は6000年間で形成されたという。
 こうした自然の営みが人の手によって阻害された。1960年代以降、屏風ヶ浦と太東崎の崖の前面に県が消波堤を築いた。海食崖の侵食防止が目的である。そのため、九十九里浜への砂の供給量が激減した。また、漁港の防波堤延長が潮の流れを変えた。さらに、水溶性ガス採掘による地盤沈下も指摘されている。


人工岬は税金のムダづかい

 前述のように千葉県は1988年からヘッドランドの工事をはじめた。うたい文句は「九十九里浜の侵食防止」である。ところが、ヘッドランドは侵食に拍車をかけている。私は番組のインタビューでこう訴えた。
     「ヘッドランドはまったく効果がでていない。税金のムダづかいである。T字型のヘッドランドの縦堤の脇には砂がつくが、ヘッドランドとヘッドランドの間は離岸流でえぐられてしまう。ヘッドランド工事は中止し、砂の投入だけにしてほしい」
 後日、元千葉県職員(土木技術者)の永田正則さんがこう話してくれた。
     「海に構造物をつくったら必ず問題が起こる。自然のバランスに人間が手をつけると、なんらかの影響がでる。そんなことは、土木技術者であればわかっていることだ。ヘッドランドは侵食防止に役立たない。私たちは、そのことを以前から指摘していた。だが、公共土木事業はいったんはじまると止まらない。地元の土建業者やゼネコンが仕事にありつけるからだ。議員バッチをつけた連中も動く」


「いちど人間が自然に手をつけたら、ずっと手をつけざるをえない」

 「噂の現場」の最後で司会者の森本毅郎氏がいいことを言った。
     「屏風ヶ浦は長年をかけて自然に削られてきた。あるとき、それを人工的に止めた。そこから九十九里浜の侵食がはじまった。いちど人間が手をつけたら、ずっと手をつけざるをえない。自然に手をつけるということは、“お金がかかるぞ!”という覚悟が必要になるということだ。そういう覚悟がなければ、自然にまかせるというイギリス方式も考えなければならない」
 これは問題の核心をつく指摘である。


自然にまかせるイギリスとアメリカ

 イギリス方式というのは、たとえばドーバー海峡に面する有名なホワイトクリフである。屏風ヶ浦や太東岬と同じ海食崖だが、前面の海域に消波堤などはまったくない。自然のままの姿になっている。
 アメリカも同じだ。たとえばカリフォルニア州サンタバーバラでは、侵食が進む海食崖の上で住宅が崩壊寸前になっていても、海食崖対策はしない。アメリカではこのような場合、海辺などの危険な場所に家を建てた個人の責任であるという考え方が主流になっている。公共土木事業で解決しようとする日本と対照的である。番組は、そういう基本的な問題も提起してくれた。
(2016年12月)














一宮海岸(南九十九里浜)で建設中の人工岬「ヘッドランド」

ヘッドランドがほぼ完成している2号と3号の間は、未完成のところ(たとえば9号
と10号の間)や工事対象外(10号の手前の海岸)よりも侵食が激しくなっている。




ヘッドランドの縦堤の脇には砂がつくが、
ヘッドランドとヘッドランドの間は離岸流でえぐられてしまう




侵食を加速させるヘッドランド

ヘッドランドが完成形に近づくにしたがい、砂浜の侵食が激しくなっていった。
ヘッドランドは侵食を防ぐどころか侵食を加速するということが一目瞭然である。













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