白神山地の秋田県側の入山禁止を、

  届け出制に移行するよう提案する

白神逍遙の会 代表 滝口 真(仙台市)





 青森県と秋田県に分布する広大なブナ原生林・白神山地。峰々を縦断する林道が自然保護団体と住民の力によって中止され、わが国の世界遺産登録第1号になったのは1993年であった。「ブナを守れ!」。東北の片隅から起きた自然保護運動を契機に、森林伐採を続けてきた林野行政は見直され、環境問題に寄せる国民の意識にも大きな変化をもたらした。今では昔の話になってしまったが、全国の人々に「林道工事に待った」を呼び掛けた署名運動を展開し、その結果、1万3202通を集めて、当時の青森県知事(北村正哉氏)から「林道中止」の英断を引き出し、劇的勝利を呼びこんだ一連の出来事を記憶されている人は多いと思う。

 白神山地とは一体、どの程度の規模を持つ山なのか。首都圏に住む人々に例示すれば、白神山地の東西は、東が東京都・千葉県の境を流れる江戸川から、西は都内・八王子市までの距離に相当する。その間、人家はゼロ、ブナ林が覆う広大な原始の森である。位置は、津軽の南西部から秋田県北部にかけての山系。誰も見向きもしなかった場所だからこそ開発から取り残され、奇跡的に森が残された。林道問題が浮上するまで、都会の人どころか地元の人にさえ知られることのない「未踏の原生林」であった。

 私は地方紙の中に身を置き、この問題を発生当初から2016年3月に定年退職するまで34年間にわたって取材してきた。新聞社を退職してなおこの問題にペンを執るのは、白神山地の問題が、最終的な解決をみていないからである。(以下の活動については、冒頭に示した「白神逍遙の会」代表としての立場による)

 2016年秋、私は山形県庄内町で開かれた「東北自然保護の集い」に参加した。東北自然保護の集いは東北6県の自然保護団体の主力メンバーが一堂に会し、自然保護に関して問題提起したり、テーマごとに話し合ったりする場で年1回、6県持ち回りで開催している。37回目の昨年の山形集会には約70人が参加した。そもそも三十数年前、白神山地を縦断する林道問題が提起されたのも、この集いの場であった。

 私はこの山形集会で登壇し、「白神山地の秋田県側の核心地域について、従来の入山禁止を改め、青森県側と同じ届け出制に移行するよう」提案した。

 世界遺産になった白神山地だが、管理方式をめぐってさまざまな意見が出された。遺産ブームで大勢の観光客が一挙に押し掛け、「ゴミが増える」「自然が破壊される」といった報道が盛んになされた。これに対応して、秋田県側の核心地域については、対象が粕毛川の源流域に限定され、比較的影響が少ないのもあって、「入山禁止」の措置が取られた。青森県側の核心地域については、秋田県側より面積がはるかに広く、しかも伝統のマタギ文化の舞台となっていたこともあり、入山禁止とせず、「届け出制」で対応してきた。両県の管理方式の違いは、20年以上続いている。この方式については施行後もさまざまな形で議論されてきたが、解決を見ないで今日に至っている。

 私が東北6県の自然保護団体の集会で、「秋田側の入山禁止を届け出制へ移行」と提案した理由のポイントは、以下の二点である。

「同じ白神山地という山なのに、県によって管理方式が異なる状態が長期にわたって続くのは不自然」というのが一点。両県の山は、自然条件に異なるところはない。科学的に、区別する理由は見つからない。今一点は「入山禁止がこのまま続くのであれば、次の世代に白神の核心部を知る者が誰もいなくなってしまう」という点だ。例えば核心地域の中に大学の先生とか、あるいは研究者でなくても、人が入り遭難してしまったら、誰が救助に行くのか。「滝がどこにあって、どうなっているのか分からない」「岩がどこにあって、どうなっているのか分からない」では、救助に行ける人がいなくなってしまう。それでいいのだろうか。また、白神山地周辺の町や村は急速な過疎化が進んでいる。「入山禁止」され、「人がいなくなる」のでは、次の世代で白神を知る人が誰もいなくなってしまう。これでは誰のための何のための世界遺産なのか分からない。

 白神山地への入山者数は年々、減ってきている。入山禁止の必要性があった時期もあったかもしれない。しかし、当初のような遺産ブームが再び来ることは、あり得ない。入山禁止の役割は既に果たした。時代が変わった。

 白神と同時に世界遺産となった屋久島も、白神の後に世界遺産になった知床も富士山も、入山禁止はしていない。富士山は世界遺産登録後も毎年、何万人も登頂しているのではないか。世界的に見ても、入山禁止の措置を取っているのは、「有毒ガスが出ているから、ここから入っちゃ駄目」とか、例外的な措置を施している所だけである。通常の山で入山禁止をしている山は、世界遺産のどこにもない。入山禁止しているのは、例えばネパールヒマラヤにマチャプチャレという山がある。7000メートル級の山で「ヒンズー教のシバ神にゆかりのある神聖な山」として、永遠に登山が禁止されている。そういった例があるばかりである。ヒマラヤの聖なる7000メートルの山と、秋田・青森の山とでは、内容がだいぶ異なると私は思う。世界遺産条約はもともと、「保護」と同時に「公開」もうたっている。公開してこその世界遺産である。「入山禁止」は、世界遺産条約の趣旨にも添わない。

 以上が、私が東北自然保護の集いで述べた提案の概要である。会場からは拍手が起きるなど、概ね支持を得たと考えている。私の周辺取材では、関係する環境省や林野庁も、この問題を「秋田、青森県を届け出制で統一したい」と考えていることを、ここでお伝えしたい。

 人と自然との関わり合い方はどうあるべきか。現代に生きる私たちに与えられた大きなテーマであろう。白神山地の問題にどう対応するか、次世代に先送りせず、みんなで考え、私たちの世代で目途を示したい。
(2017年1月)














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