東京湾が再び破壊のピンチ!

〜「海辺再生」の実態〜

千葉県自然保護連合 中山敏則



 東京湾に再び破壊の危機が迫っています。「埋め立て」という名は使わずに、「海辺再生」とか「自然再生」などという体(てい)のいい言葉を使って、です。
 具体的にあげます。


「再生」の名で人工干潟化をめざす

 まず、東京湾奥部に残された貴重な干潟・浅瀬「三番瀬」です。
 三番瀬では、「三番瀬再生」とか「干潟的環境の創出」などという言葉で、猫実川河口域(市川側海域の一部)を人工干潟にする動きが進んでいます。
 その本当のネライは、三番瀬で中ぶらりんになっている第二湾岸道路(第二東京湾岸道路)を通すことです。人工干潟造成工事の際に沈埋方式(ボックスカルバート方式)で道路を埋め込む。そうすれば、「自然再生と道路建設の調和がとれる」というわけです。


生物相豊かな海域

 しかし、猫実川河口域は三番瀬の中で最も生物相が豊かな海域です。
 この海域では、ドロクダムシ、ホトトギスガイ、(エドガワ)ミズゴマツボ、ニホンドロソコエビなど、三番瀬の他の環境条件には存在しない底生生物が多く発見されています。
 大潮の干潮時には30haの広大な泥質干潟が現れます。県の生物調査では、動物195種、植物15種が確認されています。そのなかには、県レッドデータブックに掲載されている希少種も、ウネナシトマヤガイ、エドハゼなど11種が含まれています。
 「三番瀬市民調査の会」が2003年から続けている調査でも、動物132種、植物16種を確認しています。アナジャコもたくさん生息しています。約5000m2 の天然カキ礁も存在します。
 まさに、ここは三番瀬の中でもっとも生物の多い海域です。魚類の産卵場、稚魚の成育場であり、東京湾漁業にとっても大切な“いのちのゆりかご”となっているのです。
 そんな大切な海域をつぶして人工干潟(=人工砂浜)にしようというのです。造成工事によって、いま生息する生き物は全滅です。造成後も土砂を補給しつづけなければなりません。そのため、人工干潟の生物相は貧弱になります。これは愚行としかいいようがありません。


「あそこが埋まったら、ゲームオーバーだ」

 東京湾で沖合漁業をやっている漁業者の中にも、猫実川河口域の人工干潟化には反対する人が少なくありません。
 たとえば、船橋市漁協の大野一敏組合長は、こう述べています。
    「海にいろいろな生き物がいないと漁業は成り立たない。あそこが埋まったら、ゲームオーバーだ」(『サンデー毎日』2005年7月24日号)


東京湾再生の内容は人工干潟造成
  〜造成場所と土砂確保が問題〜

 次は、国交省が進めている東京湾再生事業(海域環境創造事業)です。その内容は、東京湾のあちこちで人工干潟を造成するというものです。
 この事業の問題点は、造成の場所と土砂の確保です。
 埋め立て地とか深場(浚渫跡地など)で人工干潟を造成するのなら、再生の名に値します。しかし、そうではないのです。
 埋め立て地を崩して人工干潟をつくるのは、地権者の協力が得られないのでむずかしい。深場で人工干潟をつくるのは、カネもかかりすぎるし、土砂が足りない──。というわけで、干潟や浅瀬が人工干潟造成のターゲットとなっています。干潟や浅瀬なら人工干潟が造成しやすいというわけです。
 じつは、国交省千葉港湾工事事務所(現・千葉港湾事務所)と自然保護団体が話し合いをした際、同事務所は人工干潟造成の候補地として次の場所をあげました。
  • 浦安市舞浜地区の前面海域
  • 浦安市千鳥地区の前面海域
  • 浦安市明海地区の前面海域
  • 習志野市茜浜の前面海域
  • 千葉市の旧川崎製鉄千葉工場の前面海域
 しかし、そのうちに、旧川崎製鉄千葉工場の前面海域などは候補地から除外されました。理由は、水深の深い場所で人工干潟を造ろうとすると、余りにもカネがかかりすぎて、失敗することが目に見えている、とのことです。また、人工干潟の造成には膨大な量の土砂が必要ですが、それを確保できる見込みがないからです。


「やれるところは限られている」「砂は非常に限られている」

 この点については、国交省幹部(関東地方整備局港湾空港部長)が、シンポジウム(2006年11月15日開催の国際シンポ「豊かで美しい東京湾をめざして─(財)WAVE 港湾・海域環境研究所10周年記念」)で次のように述べています。
     「東京湾の場合は、高度に使われていて、なかなか浅いところがもうないんですね。干潟をつくろうと思うと、やはり深いところを浅くして、干潟にするわけにはいきませんから、ある程度浅いところを埋めて干潟に戻すということになります。」

     「したがって、やれるところは本当に限られているなと思いますが、ですけれども、とにかくやれるところで情熱を持って何とか戻すということをやっていく必要があると思っています。ただ、相当お金がかかります。」

     「(人工干潟造成に用いる)砂もありません。我々のところで干潟の再生事業、東京湾の中でもやっています。それは東京湾の湾口は、入口が浅いものですから、大型船を通すために、その部分を掘っています。その掘ったところが非常にいい砂が出てくるものですから、その砂を例えば浦安の沖に入れて、干潟をつくる。浅場をつくるということをやっています。ただ、砂は非常に限られています。」(以上、講演録より)
 ご覧のとおりです。国交省千葉港湾事務所はいま、浦安市千鳥沖で覆砂を進めています。砂は、東京湾の中ノ瀬航路の浚渫で発生した土砂を用いています。しかし、その浚渫土砂も限りがあるということです。


人工干潟の「適地」は干潟や浅瀬

 要するに、人工干潟は水深の深い場所では造れないということです。そして、土砂の確保も困難ということです。したがって、人工干潟をつくやすいということで、干潟や浅瀬がねらわれているのです。
 これは、かつての埋め立てと同じ論理です。干潟や浅瀬は埋め立てやすいということで、東京湾の干潟や浅瀬は片っ端から埋め立てられました。今後も、それと同じことをやろうというわけです。
 ただし、かつての埋め立ては、前面の海底を浚渫し、海の砂を使って埋め立てました。そのため、深さ30mにおよぶような巨大な土砂採取の跡(浚渫窪地)が東京湾のあちこちにできています。ここが貧酸素状態になり、青潮の発生源ともなっているのです。
 しかし、いまは海底をやたらに浚渫するわけにはいきません。ですから、人工干潟造成は土砂確保が大きなネックになっているのです。
 かつての埋め立てと違う点はほかにもあります。それは、かつては工業用地や住宅用地などの造成が目的でしたが、いまは「自然再生」をキャッチフレーズにしていることです。さらに、数多くのNPO法人や“環境派学者”が、「再生事業」に協力したり、旗振りの役割を果たしていることです。


再生事業をめぐる裏話

 ある関係者はこんな話をしています。
     「深場で人工干潟を造成できないのなら、再生の意味はない。しかも、土砂が確保できないというのだから、再生事業などやめるべきだ。税金のムダづかいでしかない。」

     「それでも国交省が再生事業にこだわるのは、自分たちの組織を維持するためだ。また、マリコン(海洋土木工事会社)の仕事をつくるためだ。」

     「千葉県も、三番瀬・猫実川河口で人工干潟造成をめざしている。しかし、土砂の確保に頭を悩ませている。そこで、海老川河口に大量に堆積しているヘドロを改良して用いたらどうかという提案も、ある筋からされている。三河湾では鉄鋼スラグを用いた人工干潟造成の実験もされており、それにも注目している」


“公共事業中毒”は止む気配がない

 土砂を確保できる見込みがないのに、人工干潟をシャニムニ造成しようとする──。これはいったい何なのでしょうか。
 米週刊誌『タイム』アジア版はかつて、「日本は“公共事業中毒”にかかっており、“建設事業国家”との異名も持つ」(2002年12月23日号)と書きました。“公共事業中毒”はいっこうに止む気配がありません。

(2008年10月)




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